大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)409号 判決 1962年12月26日

上告人 甘糟産業汽船株式会社

被上告人 芝税務署長 外一名

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士熊谷誠、同平川巴、同大森正樹の上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一点について。

原判決の確定するところによれば、被上告人東京国税局長がした本件審査決定の通知書には、棄却の理由としては、「貴社の審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査しますと、芝税務署長の行つた青色申告届出承認の取消処分は誤りがないと認められますので、審査の請求には理由がありません。」と記載されていたというのである。

法人税法三五条五項(昭和三七年法律六七号による削除前)が、審査決定の書面に理由を附記すべきものとしているのは、訴願法や行政不服審査法による裁決の理由附記と同様に、決定機関の判断を慎重ならしめるとともに、審査決定が審査機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解されるから、その理由としては、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明かにしなければならない。ことに本件のように、当初税務署長がした処分に理由の附記がない場合に、請求人の請求を排斥するについては、審査請求書記載の不服の事由が簡単であつても、原処分を正当とする理由を明らかにしなければならない。このように考えるならば、前記、本件審査決定の理由は、理由として不備であることが明白であつて、この点に関する原判示は正当である。

このことは、請求人が棄却の理由を推知できる場合であると否とにかかわりのないものと解すべきである。

しかるに原判決は「審査決定の当否を審査を訴訟においては審査決定の結論が違法であるか否かに基いてこれを維持すべきか否かを決すべきであつて、審査決定に附してあつた理由が不備であるということだけで、審査決定を取り消すことは許されないものというべきであろう。」とし、上告人の審査決定の取消を求める本訴請求を棄却しているのである。

しかし、法律が審査決定に理由を附記すべき旨を規定しているのは、行政機関として、その結論に到達した理由を相手方国民に知らしめることを義務づけているのであつて、これを反面からいえば、国民は自己の主張に対する行政機関の判断とその理由とを要求する権利を持つともいえるのである。

従つて、原判決のいうように、審査決定に対する不服の訴訟において、当事者が、審査請求に際しての主張事実、決定に際しての認定事実等に拘束されないという一事をもつて、理由附記に不備のある決定を取り消すことがゆるされないということはできない。換言すれば、理由にならないような理由を附記するに止まる決定は、審査決定手続に違法がある場合と同様に、判決による取消を免れないと解すべきである。

しかし、本件の場合は、上告人は芝税務署長がした原処分の取消をも訴求しており、その理由がないことは、原判示のとおりであり、上告人も本件上告において取消処分の内容については何等の不服も述べていないのである。審査請求も、結局は、上告人に対する青色申告書提出承認の取消処分の取消を求める趣旨である以上、上述のような理由附記の不備を理由に、本件審査決定を取り消すことは全く意味がないことというべきであろう。けだし、本件決定を取り消し、東京国税局長が、あらためて理由を附記した決定をしても、すでに青色申告提出承認の原取消処分の違法でないことが本判決で確定している以上、決定の取消を求める訴においても、裁判所はこれと異なる判断をすることはできないからである。

以上の理由により、原判決が、上告人の審査決定の取消請求を棄却したのは結論において正当であり、論旨は理由がないことに帰する。

同第二点について。

論旨は、原判決が、本件青色申告書提出承認取消処分の通知書に日附の記載のないことは、処分の取消事由にはならないとしたのを非難するのである。

しかし、原判決が説明するように、日附の記載は取消処分の通知の要件と解すべきではなく、通知はその日附いかんにかかわりなく、到達したときに効力を生ずるものと解すべく、本件通知が昭和三〇年六月一日に到着したことについて当事者間に争がない以上、日附の記載がなかつたという一事をもつて、右取消処分を違法とはいえない。青色申告書提出が承認されている以上、更正処分には理由を附記するを要することは論旨のとおりであるが、本訴は更正の適否に関する訴訟ではないから、所論の点は、原判決の当否に関係がない。

以上説明するように、論旨はすべて理由がないから本件上告は棄却すべきものとし、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一、同山田作之助の少数意見あるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一、同山田作之助の少数意見は次のとおりである。

被上告人東京国税局長がした本件審査決定の通知書に記載されている棄却の理由が、法人税法三五条五項に要求されている審査決定の理由として不備であることは多数意見の判示のとおりであり、原判決の上告人の審査決定の取消を求める本訴請求を棄却している理由も是認できないことはまた多数意見のとおりである。従つて原判決を破棄し右被上告人のした審査請求の棄却決定はこれを取り消すべきものである。

そして本件審査決定が取り消され、被上告人東京国税局長が改めて審査決定をする場合に本件青色申告提出承認の取消処分も不当又は違法として取り消される可能性が全然ないとは断定できないのであるから、本件審査決定を取り消す意味が全くないとはいえない。

(裁判官 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介)

上告代理人熊谷誠、同平川巴、同大森正樹の上告理由

原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

第一点

(一) 上告人会社が昭和二五事業年度より青色申告法人となり、同年度よう青色申告によつて申告納税して来、昭和三〇年五月被上告人芝税務署長が上告人会社の昭和二六事業年度以降の青色申告承認を取消し、上告人会社はこれに対し適法な異義申立をなし、昭和三三年一月一三日付をもつて被上告人東京国税局長が、右異議申立に対し審査請求棄却をなしたことは原判決適示のとおりである。

しかして、青色申告承認の取消に対する異議手続についても、法人税額などの更正に対する異議申立方法が準用せられ(法人税法第三四条第五項)、従つて同法第三五条第五項の規定により青色申告承認取消処分に対する異議申立についての審査決定をなす際には、その理由を附記した書面によりこれを上告人会社に通知しなければならないものである。

しかるに、被上告人東京国税局長の本件審査決定の通知の書面には「(理由)貴社の審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査しますと芝税務署長の行つた青色申告届出承認の取消処分には誤りがないと認められますので審査の請求には理由がありません。」

との文言の理由が記載されているのみであること(甲第四号証御参照)当事者間に争いないところであるが、これは右同法第三五条第五項第二号の棄却決定の理由とは到底いえないものである。

即ち、同法が右条文の規定を設けて決定通知書に理由附記を要求するのは青色申告の承認を受けた納税者に対し同法は大巾な種々の特典を認め、一定の条件によりこの特典をはくだつするにさいしては上級裁決庁の裁決通知書に、その審査決定がどのような根拠に基づき法の定める一定の欠格事由のいずれに該当するかを具体的に指摘せしめ、以てその取消処分の正当性の担保とし、併せて納税者に親切な公僕精神の高揚の一助たらしめ、且つ納税者に処分の正当性を納得せしめて爾後の紛争を出来る限り避けんとするものである。従つて被上告人東京国税局長の本件審査決定の通知書に附記すべき理由の程度も、右の法律の趣旨に適応するように納税者たる上告人会社に具体的などの事項が法の定める一定の欠格事由のいずれに該当するかゞ、十分な根拠をもつて判明するように記載さるべきものである。

しかるに、前述の本件審査決定通知書記載の理由はばくぜんとした抽象的な文言のられつに過ぎず、具体的な事項は何一つ記載されていない。上告人会社の知り得た範囲では被上告人東京国税局長の審査棄却決定は、本件のような青色申告承認取消事件に限らず更正処分に対するものについても、すべて同一文言であつて前述の法の要求する精神から遙かに遠く到底理由附記の法定要件を充たしているものとはいえず、明らかに違法なものといわなければならない。

右の点に関する原判決摘示を検討すると原判決は、法の要求する理由附記としては不十分であることを認め乍ら一転して、一旦抗告訴訟が提起せられゝば裁判所は行政庁の附記した理由に拘束されずそれ以外の理由をもつてしても審査決定の当否を判断できるから、審査決定通知書に附記された理由が不備であるということだけで審査決定を消取すことは許されないと判断しているが、これは前記法人税法の規定の趣旨に反し法令違背の違法を犯すものである。

即ち原判決の右判断を推し進めれば、実質的に審査請求棄却の実体さえ具備しておれば理由不備、ひいでは全くの理由不記載の場合に於てもこの事由をもつてしては取消理由とはならないということになるわけであるが、かくては前述の立法精神から理由附記を要求した法人税法の明文が全くの空文と帰することになり原判決の法令違背は明瞭であろう。

しかして、右法令違背がなければ原判決は第一審判決のように上告人勝訴に帰するので、原判決の右法令違背は判決に影響を及ぼすこと多言を要しないであろう。

(二) 而して右理由附記の不完全につき原判決は、抗告訴訟が提起されゝば裁判所の審査に依つて右理由は明瞭となつて、被処分者に対し何等の不利益を与えない趣旨の判断を行つているが行政官庁の取消処分又は裁決等に対し行政訴訟を提起する被処分者は九牛の一毛に過ぎず、その大半は抗告訴訟等の提起を待たずして、即ち原判決の云う通りであるとするならば全く取消又は裁決に関する理由を不知のまゝに泣き寝入りすることゝなるものであつて、僅かに一部の抗告提起者の為めに提起しない大半の者は理由を知らされないまゝ行政庁の処分に盲従することゝなることは明白である。

法は右の如き封建時代の寄らしむべし、知らしむべからざるの権力主義を一掃する為め右理由附記を要請し、以つて国民をして十分納得せしめた上、その義務を完遂せしむべく期待しているものであるといわねばならない。

尚この点につき第一審判決は「右理由の附記を欠く通知は、法定の要件を欠く違法なものであり通知にかかる瑕疵がある場合、当該審査決定は取消を免れない」と判断し、更に「右通知書に理由附記を要するとされる趣旨は審査決定の公正を保障すると共に、無用の争訟を未然に防ごうとしたものと解すべき」であるとなしているが、右は前記上告人が右第一点の(一)(二)に論述する趣旨と表裏一体を為す明確な論旨であつて、この論断こそ最も公正妥当な判示というべきである。

然るに不拘、原判決が僅かに一部の抗告提起者に対する裁判所の審査判断の全般に及ぶことを理由として取消処分に理由附記を要しないとする判断を与えていることは、恰かも盲人巨象をさぐるが如き近視眼的な見解であつて本書冒頭摘記のように、右原判決は判決に影響を及ぼすべき法令違反があるといわねばならない。

第二点

(一) 次に原判決は「通知書に日を記載することを取消処分の通知の要件ではなく単に通知を発した日を明確にするに止まるものと解すべきであるから日付を記載しないことが、本件取消処分の取消原因たるべき瑕疵とはいゝ難い」旨を判示している。

而して右判示のみからは、日時を記載しないことだけが通知の要件ではなく少くとも年月の記載は要件であると解しているのか或は、年月日全部の記載が通知の要件でないと解しているのか不明であるが、年月日の記載全部が通知の要件でないとしているものとすれば裁決等の通知が何年何月に作成されたか全く不明であつて、法は年月日全部の記載を要件としないというようなことは考えられないことであつて、その判断の違法であることは全く疑いない。

(二) 更に一歩を譲り日付の記載のみは通知の要件でないとする判断であるとするも、原判決は右判示に続き「単に通知を発した日を明確にするに止まる」と説いているが、日時を明確にする必要を原判決自ら認むるか故に右の如き説示がされてあるもので日時を明確にする必要があるとすれば、日付の記載は通知の要件と却つていわねばならない。

即ち日時を明確にする要がないとかう前提に立つて初めて日付の記載は通知の要件でないといえるので、日時を明確にする必要があれば通知に日付の記載を必要とする理由があるわけである。

尚原判決は、更正処分と本件青色申告取消処分との関係は本件争点に直接の関係はない旨を判示しているが、更正処分が青色申告承認中の処分であれば右更正処分の決定には当然法は理由の附記を要請していることは勿論であり、右更正処分決定が青色申告取消処分後であれば、右更正決定には理由附記を要しないこと亦云うまでもない。

従つて、青色申告承認取消の日時は更正決定に重大な関係があるものであるから原判決亦、日時を明確にする何等かの必要を暗々に認めて前述の如き判示となつたものと考えられる。

只、上告人は右通知書が昭和三十年六月一日送達されたことは認めているものであるが、右承認取消の効力の発生が法人税法第二十五条八項(旧)では明確でなく通知をなした日に効力発生するか、又は通知を受けた日に発生するものか不明であるが上告人が右通知書に日付の記載なきことを指摘して法律違反であると抗弁したのは少くとも、承認取消の効力発生の時期が不明確であるかるその点を論難したものといわねばならない。

而して法人税法第二十五条第八項(旧)には通知すると表現してあつて恰かも効力発生が発信主義によるものゝようになつているから日付を明確にすることは、右青色申告承認取消の効力の発生が何日であるかを明確にする必要があるもので原判決が通知に日付の記載は要件でない旨を簡単に論断しているのは法令を全く無視したもので、判決に影響を及ぼす違法があるものといわねばならない。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例